
ネルドリップの一杯とマスター手製の一期一会のケーキに、縁を感じる喫茶時間。湯島の名店「TIES」へ。

慌ただしく過ぎる日々の中で、張り詰めた気持ちをふっと緩めてくれる“お茶の時間”。そんな魔法のようなひと時を創り出してくれる特別な場所へ出かけてみませんか。
落ち着いた空気が流れ、おいしいお菓子とお茶やコーヒーがもてなしてくれる喫茶店は、せわしない日常を離れ自分を取り戻すことのできる癒しの空間。イギリスに滞在していたことがあり、紅茶やスイーツにまつわる文章を書いている志桜里さんと、そんな“お茶の時間”を巡りました。
目次
湯島の喫茶店「TIES」へ。

東京には、カフェや喫茶店が数えきれないほどある。
甘いものと喫茶店が大好きな私は、気になっていた店に足をはこび、きれいな一皿に心を躍らせ、香りのよい一杯を飲むだけで、満たされた気持ちになる。
今回訪れた湯島の喫茶店「TIES(タイズ)」で出会ったのは、絹のようになめらかな口当たりのコーヒーと、夕方を待たずに売り切れてしまう絶品のケーキ。そのどちらも確かに私を満たしてくれたのだけど、いちばん深く心に残ったのは、おいしさの奥にある、人の温かさだった。
実家に帰ったとき、友人の家を訪ねたとき、「どうぞ」と差し出される一杯のように――誰かの手でもてなされていると感じられる喫茶店は、東京には意外と少ない。
2004年の開業から、坂爪さんと奥さまが二人三脚で育ててきた「TIES」には、誰かに迎え入れられるような温かさと、自分を丁寧に愛おしむ、ささやかで贅沢な午後が流れていた。
開店を待つように人が訪れる

「TIES」があるのは、本郷三丁目駅から徒歩5分ほど。梅の名所であり、学問の神様として知られる湯島天満宮からもほど近い、春日通り沿いに店を構えている。
12時の開店と同時に扉を開けると、やさしい声の奥さまと、ショーケースにお行儀よく並ぶケーキが迎えてくれた。案内されたのは、店主の坂爪さんが立つカウンター席。
まもなく、店内には次々とお客さんが訪れる。常連さんと思われるご夫婦、ひとりで静かにメニューを眺める女性、ショーケースの前でしばらく迷い、ケーキをテイクアウトしていく男性。
誰かと語らうために。ひとりで甘いものを味わうために。あるいは、今日という日に小さな“特別”を添えるために――それぞれが、それぞれの午後を抱えて、この店にやってくる。
朝に仕上げた分だけが並ぶ、一期一会のケーキ

お店に入ってすぐのショーケースには、10種類ものケーキがずらりと並んでいた。すべて、洋菓子店や喫茶店で経験を積んだ坂爪さんが腕を振るったものだと聞いて驚く。
店の営業を終え、扉を閉めると、カウンターは厨房に早変わり。たった一人で翌日の仕込みをはじめ、翌朝も5時半から6時ごろには、ケーキの仕上げに取りかかり12時のオープンに間に合わせるのだという。
かつては営業中にもケーキや焼き菓子を作っていたそうだが、今はお客さんに向き合う時間を大切にするため、追加で作ることはしないスタイルに。朝に仕上げたものが、その日のすべて。売り切れたら、そこでおしまい。

どれも美味しそうで、ひとしきり目移りしながらも、“季節限定”の言葉に惹かれて「イチゴのショートケーキ」を選んでみた。
この日、1時間も経たないうちに苺のショートケーキは完売。1時間半ほどして退店するころには、ショーケースに残るケーキはあと4種類になっていた。
数が限られているからこそ、この一切れに出会えた幸せもひとしお。
開店時に訪れて、選ぶ楽しみを満喫するのはもちろん、少し落ち着いたおやつどきに訪れて、どんなケーキとご縁があるのかを委ねてみるのも、「TIES」らしい愉しみ方のひとつ。
ネルドリップで淹れる贅沢な一杯

コーヒーは、10種類のうち8種類が自家焙煎。
2013年から自家焙煎をはじめたそうだが、2004年の開店当初からの味を気に入っているお客さんもいるため、昔から仕入れてる豆を2種類、今も変わらず残しているのだそう。
この日は、坂爪さんに「コーヒーらしい苦味を味わいたいなら」とすすめてもらった、自家焙煎のオリジナルをセレクト。対話しながら注文できる気さくなところも魅力的だ。
「TIES」でいただくコーヒーは、坂爪さんがカウンター越しに一杯ずつ、布製のフィルターを使ったネルドリップで淹れてくれる。
「ネルがね、やっぱり一番美味しいから」
ネルドリップを選ぶ理由を尋ねると、返ってきた答えはとても率直だった。ネルで淹れたコーヒーは、口当たりがまろやかで、絹の生地のようななめらかさがあるという。

一方で、ネルドリップは手間もかかる。一般的なコーヒーは15gほどの豆で150ccほど抽出できるが、ネルドリップでは30gの豆を使い、抽出量は110ccほど。効率だけを考えれば、決して割のよい方法ではない。
「ネルドリップコーヒーというのはね、儲かんないんですよ」
そう笑いながらも、坂爪さんはこの淹れ方を続けている。お客さんに届けるおいしい一杯のために、手間を惜しまない。
ネルドリップのコーヒーも、たったひとりで10種類を仕上げるケーキも、「愛がないとできないですよ」と坂爪さんは話す。
そんな坂爪さんの後ろには、岐阜の窯元のもの、小田焼、北欧ヴィンテージなど個性豊かな器が上品に並んでいる。和のものも、洋のものも、ひとつずつ気に入ったものを揃えていったという。
運ばれてきた一杯は、ヴィンテージのロイヤルコペンハーゲンのカップに注がれていた。
一方で、ネルドリップは手間もかかる。一般的なコーヒーは15gほどの豆で150ccほど抽出できるが、ネルドリップでは30gの豆を使い、抽出量は110ccほど。効率だけを考えれば、決して割のよい方法ではない。
「ネルドリップコーヒーというのはね、儲かんないんですよ」
そう笑いながらも、坂爪さんはこの淹れ方を続けている。お客さんに届けるおいしい一杯のために、手間を惜しまない。
ネルドリップのコーヒーも、たったひとりで10種類を仕上げるケーキも、「愛がないとできないですよ」と坂爪さんは話す。
そんな坂爪さんの後ろには、岐阜の窯元のもの、小田焼、北欧ヴィンテージなど個性豊かな器が上品に並んでいる。和のものも、洋のものも、ひとつずつ気に入ったものを揃えていったという。
運ばれてきた一杯は、ヴィンテージのロイヤルコペンハーゲンのカップに注がれていた。

一杯と一皿に、同じ手のぬくもりを感じて

コーヒーをひと口飲んで、まず驚いたのは、その口当たりだった。苦味はあるのに、角がない。するりと舌に触れ、やわらかく広がって、あとから余韻が残る。
イチゴのショートケーキは、ふわりとしたスポンジ、やさしい甘さのクリーム、イチゴの瑞々しさ。それぞれが主張しすぎず、けれどきちんと記憶に残る。
ケーキをひと口食べ、コーヒーを飲む。すると、甘さのあとにほどよい苦味が寄り添い、苦味のあとにまたクリームの余韻が恋しくなる。
ケーキとコーヒーが、どちらかの引き立て役になるのではない。この午後のひとときでは、間違いなく、どちらも主役だった。
そして、このケーキを作った人。コーヒー豆を焙煎した人。その豆を挽き、目の前で淹れてくれてくれた人。
そのすべてが、同じひとりの人であることにも、私はとても惹かれた。
“縁”が結ばれて生まれた場所

「TIES」という店名は、繋がりや結びつき、“縁”に由来して名付けられたという。その名にふさわしく「TIES」はいくつもの縁に支えられながら、少しずつ今の形になっていった。
ここ湯島に店を構えたきっかけも、そう。もともとは鎌倉に出店する構想を練っていたが、奥さまの通院をきっかけに本郷へ通うようになり、この土地に店を構えることになったという。
そして、現在の心地よい内装も然り。雑誌で見たある店舗のデザインに心惹かれ、その設計を手がけた会社に電話をかけたものの、飲食店は専門でなかったそうで、一度は断られたのだそう。ところが、しばらくたったある日、その話を聞いた建築家ご本人から「会社は断ってしまったみたいですが、まだ話が進んでいないならやらせていただきたい」と連絡が入り、念願だった内装を任せることになったのだとか。
坂爪さんは、それを「縁」だと話す。
「ご縁、ご恩、人間関係。店とか商売だけじゃなくて、人生においても、それが大事だと思うんですよ。」
慣れた手つきでコーヒーを淹れながら語ってくれた。
嬉しいことがあった日。誰かとの縁に感謝したい日。この店に来たら、その喜びを静かに味わえる気がする。
そして、何かがうまくいかなかった日にも。
思いがけないところから縁が繋がり、新しい場所へ導かれることがある。「TIES」で過ごす午後は、そんなことを静かに思い出させてくれる時間だった。

湯島の小さな喫茶店「TIES」。
ここは、コーヒーとケーキを味わう場所であり、坂爪さんの手仕事に会いに行く場所であり、そして、人生で結ばれてきた縁の大切さをふと思い出し、心を温められる場所。
ネルで淹れたコーヒーの余韻と、イチゴのショートケーキの甘さ、そして坂爪さんの「ご縁」という言葉が、店を出たあとも、胸の中で静かに温もりを残していた。
TIES
住所:東京都文京区湯島4丁目1−13 倉林ビル 1F
営業日:基本は金土日の営業、詳細はInstagramなどでチェック
営業時間:12:00-17:30(L.O.17:00)
公式Instagramはこちら
ライタープロフィール

【山田志桜里】
ライター・編集者・エッセイスト。出版社勤務を経て、イギリスでフリーランスとして活動を開始。ロンドンでの暮らしと、現地のティースクールで紅茶を学んだ経験をいかし、帰国後は英国文化、紅茶、菓子、ティータイムをおもなテーマに執筆。日常のなかに息づく物語を綴っている。
文=山田志桜里 写真=佐藤 亘

