
「すべてはおいしいフランス菓子のために」素材、食感、階層、そして味。ショコラティエのフレデリック・カッセルが追い求める“しあわせのお菓子作り”とは

フレデリック・カッセルと聞いて、「あの美味しいお店」と思い浮かぶあなたは、食のプロか、美味しいものをよく知る食通でしょう。カッセル氏は、フランスを代表するパティシエ・ショコラティエであり、世界トップレベルの菓子職人が名を連ねる組織「ルレ・デセール」の名誉会長でもあります。バレンタインのタイミングで来日した、日本にも多くのファンを持つフレデリック・カッセルさんに、チョコレートジャーナリストの市川歩美さんが、現在の活動や思い、そしてこれからの展望を聞きました。
>>【前篇】“お菓子のエンジェル”フレデリック・カッセルが届けるしあわせの輪。新作の猫パッケージショコラ&バトン・ミルフィーユは必食! を読む
目次
家族の雰囲気が良いからこそ、良い仕事ができている

――フレデリック・カッセルには、ご家族にちなんだ名前を持つお菓子やショコラがありますね。
妻・エレーヌの好きなアプリコットのガナッシュのボンボンショコラ「エレナ・アプリコ」、次男の名前をつけた「モンブラン・ジュール」は、彼の好きなカシスとマロンを組み合わせています。ただ名前をつけているだけでなく、好みの味を反映しています。いずれもお店に欠かせない人気メニューです。

――ご家族はカッセルさんにとってとても大切な存在だと感じます。
家族の雰囲気が良いからこそ、良い仕事ができていると思うんです。……もっとも、いつも良い雰囲気というわけではないですけどね(笑)。世界中を飛び回る私を、妻はいつも心配していてくれながらも支えてくれます。本当に感謝です。家の庭で猫たちとくつろいだり、ガーデニングでローズを育てたり、家族と過ごす時間は私にとって大切なひとときです。
――長年、フランスのパティスリーの世界をご覧になっています。パティシエや業界に時代の変化を感じることはありますか。
答えるのが難しい質問ですね。私は、お菓子やチョコレートへの強い情熱、そしてそれらをもっと進化させたいという思いだけで、この仕事を続けてきたところがあります。しかし、いま同じような情熱を持つ人がどのくらいいるかとと言われると、私の若い頃と比べて少し変わってきているかもしれません。
SNSの影響も大きいですね。たとえば2年前は、きれいに仕上げたケーキの写真が人気で、写真映えしにくいヴィエノワズリー(クロワッサンなどのリッチな味わいのパンの総称)はあまり作られませんでした。でも今はヴィエノワズリーが流行し、作る人が増えています。インスタグラムでの流行に左右される感じがあります。ただし、SNSによる良い変化もあります。
――フレデリック・カッセルではSNSをどのような形で活用していますか。
スタッフの間では、SNS上で「ヴィエノワズリーグループ」や「アントルメ(ホールケーキなどのケーキの総称)グループ」などを作り、情報交換をしています。インスタグラムなどから情報を集め、共有するんです。ただしルールを設けています。ただ写真を見て「いいね」「すごい」で終わらせないこと。私は常に「まず行って食べてごらん」「食べてから教えて」と伝えています。
写真だけでは、味も香りもわかりませんから。インスタ映えを意識するあまり、中身が二の次になることもあるかもしれません。ただ、SNSから課題が生まれ、きっかけや動機となって新しいものが生まれるのは、良いことだと思っています。
「フランス菓子」をユネスコの世界遺産に登録したい

――フレデリック・カッセルの展開は、フォンテーヌブローを拠点に、地域に根ざしながら世界へと広がっていますね。
日本をはじめ世界に広がっていますが、自分から積極的に展開したというよりも、お声がけをいただいたとき、それにお応えできるかどうかを考えてきた、という感覚なんです。
――日本にはそのおいしさに多くのファンがついていますが、海外での反応は?
実は先日、仕事でモロッコへ行って、ケーキを試作したんですね。それを皆さんに味わっていただいたところ、会場がしーんと静まり返って、誰も何も言わないので「何か問題があったのだろうか」と理由をたずねたんです。すると「おいしすぎて、言葉が出なかった」と。
――確かに人は、本当においしいと言葉を失うことがありますね……。そんなモロッコにお店をオープンされたそうですね。
そうなんです。実はモロッコの国王が、私のケーキをとても気に入ってくださっていて、首都ラバトに招いてくださいました。(写真を見せながら)モロッコのお店は、こちらです。

――サロン・ド・テが広く、美しいお店ですね!
Dar Essalam Market(マルシェ・ダル・エッサラム)という、複合施設の中にあります。フォンテーヌブローの本店が、そのままモロッコに移ったような雰囲気で、バゲットのサンドイッチをはじめ、サレも豊富です。モロッコには、今後も店舗がオープンする予定です。
――世界中にファンがいるカッセルさん。お菓子作りで特に大切にしていることは何でしょうか。
素材、食感、層の作り方、そして組み立てです。そして最終的に行き着くのは、やはり「味」。たとえばチョコレートは長年、ヴァローナ社のものを使っています。その影響もあってか、私の舌は、複雑な風味や酸味、そして余韻を求める傾向があります。良い素材選びはやはり重要です。
――これからの展望について教えてください。
これからも変わらない私のヴィジョンは、フランス菓子の守り手であること。つまり、フランス菓子への貢献です。現在、フランス菓子を守り続けるために、ローラン・ル・ダニエル、ピエール・エルメ、そして私の3人で、「フランス菓子」をユネスコの無形文化遺産に登録するための申請を進めています。4年かけて準備し、先週ようやく提出しました。実際に登録されるまでには10年ほどかかるかもしれません。
それから、やっぱり私はエンジェルなんです(笑)。根幹にあるのは、お菓子やチョコレートを作る喜びと、それをお届けする喜び、味わって喜んでいただくこと。そのすべてが揃って、はじめてパーフェクトなしあわせの輪が完成するのだと思います。
フレデリック・カッセルの定番「タルト・フレーズ」



――人気の定番「タルト・フレーズ」について教えてください。
クラシックで、とても重要な一品。タルトを食べると、そのパティシエの実力がわかるとも言われます。シンプルだからこそ、素材のクオリティや技術が現れるからです。ピスタチオもいちごも、必ず良いものだけを選びます。良いいちごが手に入らなければ、このタルトは作りません。それはフランスの私の店でも、日本でも同じです。
ピスタチオのタルト生地にカスタードクリームを絞り、カットしたいちごを丁寧にのせて仕上げます。フランスでは、契約しているシャルドン農園のいちごを使っていますが、日本では今は「とちあいか」を使っています。

新しさを追い求めることも大切ですが、それ以上に、ベーシックで良い素材を使い、本当においしいものを作ることを大事にしています。多くのものを進化させてきましたが、クラシックで奇をてらわないお菓子は、欠かすことができません。
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フレデリック・カッセル
1967年5月25日生まれ、フランス北部アブヴィル出身。精肉店を営む家で“良質の食”に囲まれて育つ。ポール・マニュにて飴細工を学んでいた頃にピエール・エルメ氏と出逢い、1988年からFAUCHONにて修行。1994年、高品質の食を求める人たちが多いことで知られる、パリ郊外のフォンテーヌブローにて自身の店をオープン。世界規模のパティシエ・ショコラティエ協会「ルレ・デセール」の会長を長らく務め、2018年には名誉会長に就任した。こだわり抜いた素材と伝統が紡ぎ出す繊細なパティスリーは、世界中で多くの人々を魅了している。
文=市川歩美 写真=細田忠

