
安政元年の創業以来、170年余りにわたり浅草で愛され続ける甘味処「梅園」。名物「あわぜんざい」をはじめ、文豪たちを魅了してきた伝統の味は、敬老の日の特別な贈り物やご家族でのひとときにもぴったりです。
今回は、老舗の暖簾を守りながら未来へ挑む7代目・清水社長の想いと、梅園の知られざる魅力に迫ります。
目次
あわぜんざい

梅園と言えば、私の中では「あわぜんざい」です。はじめて食べた時の衝撃は今でも忘れられません。 通常のお餅では考えられないほど輝く黄金色とつぶつぶの食感、そして熱々の餅には、濃厚なこしあんがたっぷり。添えられた紫蘇の実の塩漬けを一緒にいただくと、心地よいアクセント(味変)になり、餡の甘さがより一層引き立ちます。一口運ぶたびに、江戸の粋と文化の中心地「浅草」の醍醐味を感じさせてくれます。
昔ながらの素朴で贅沢なこの味わいは、浅草本店の喫茶に足を運んでこそ味わえる特別な体験です。ぜひ一度味わっていただきたい銘品です。
梅園のあわぜんざいは、「あわ」ではなく「餅きび」を使用しています。 餅きびを半搗き(はんづき)して煉りあげて蒸したお餅と、じっくり炊き上げたこしあんをお椀で合わせただけのシンプルな仕立て。しかし、餅のほのかな渋みや苦み、餡の上質な甘みと香りが完璧に調和した一皿には、梅園の歴史そのものが詰まっています。
安政元年(1854年)の創業以来変わらない、梅園の代名詞「あわぜんざい」。江戸の昔は粋人が茶屋遊びの帰りに朝の一服として立ち寄り、現代では浅草観光の定番として、時代を超えて愛され続けています。
梅園の歴史

梅園は、安政元年(1854年)、浅草寺の別院・梅園院(ばいおんいん)の一隅に茶屋を開いたのが始まりです。「梅園」という屋号もそこに由来しています。初代が手がけた「元祖あわぜんざい」は大評判を呼び、一躍東京名物となりました。以来170年余り、甘味処として暖簾と伝統を継承しています。
文豪たちに愛された浅草の名店
梅園は、多くの文豪たちの作品や生活にも彩りを添えてきました。 浅草をこよなく愛した永井荷風の小説『踊子』には、「梅園でおしるこを食べようとしたが満員で入れないので……」という一節が登場します。また、甘党として知られる芥川龍之介の随筆『しるこ』でも東京の名物店として名が挙げられ、明治から昭和に活躍した徳田秋声の作品にも、立ち寄るシーンや会話の中に「梅園」が描かれています。
数々の時代で浅草の歴史を彩る背景となり、長きにわたって人々に親しまれてきた梅園。 大正時代の写真に写っている「水甕(みずがめ)」は、東京大空襲の激火を耐え抜き、焼け野原となった浅草で地域の人々の復興の目印となったそうです。長年、地元の方々の心と生活に寄り添ってきた存在でもあったのです。
現在のお店の看板商品は、本店に足を運ばなければ味わえない「あわぜんざい」と、各店舗で購入できる「あんみつ」「豆かん」です。 あんみつはボリュームたっぷりで、ほっくりと炊かれた小豆も、天草が香る寒天もすべて自家製。職人が毎朝工場で丁寧に作っています。その確かな美味しさは全国に知れ渡り、有名百貨店からも引く手あまたの逸品となっています。


こうして梅園は、どら焼、大福、羊羹なども揃える、誰もが知る老舗和菓子店へと発展していきました。
あんみつ 4個
¥3,958税込
豆かん 4個
¥3,958税込
梅園との出会い

私が梅園と本格的にお仕事をご一緒するようになったのは、仕事先である百貨店のリニューアルがきっかけでした。先代社長が突然倒れられ、現在の7代目社長が前面に立たれることになった時期です。当時はまだ20代。急な重責に、傍らから見ていても大変なご苦労が伺えました。後に「あの1年間の記憶がない」と振り返られるほど、必死の思いで暖簾を守っていらっしゃいました。
百貨店において、お中元やお歳暮の催事は売上の大きなシェアを占めます。せっかく百貨店に出店しているのだから、従来のカタログ掲載で伸び悩んでいた羊羹の詰め合わせではなく、「梅園らしさ」が伝わる新しい和菓子のセットを作りませんか、とお声がけしたのが始まりでした。

当時は今ほど冷凍技術が発達していなかったため、消費期限が2〜3日である朝生菓子を無事に配送できるか試行錯誤を重ね、どら焼の詰め合わせをカタログに掲載。結果は想像以上の反響を呼び、大きな手応えを得ることができました。
続いて看板商品である「あわぜんざい」の配送化も検討しましたが、清水社長は「うちの看板商品だからこそ、クオリティを妥協することは絶対にできない。お店に来ていただいて初めて出会える味として守りたい」ときっぱりとおっしゃいました。売上を優先しがちな立場からするとハッとさせられる決断であり、「老舗としての価値のあり方」を深く学ばせていただいたエピソードです。
社長の目の届く範囲での堅実な商売

現在の「梅園」は一都三県を中心に16店舗を展開し、多くの有名百貨店に出店しています。その歴史の原点となったのが、M社への出店でした。
当時、和菓子店にとって百貨店出店は最高のステータスでした。先代社長も時代の波の中で出店を熱望しており、中でも難関だったのが格式高いM社でした。何度も商談に足を運んでは断られましたが、先代の熱い想いと、東京らしいどら焼や大福といった新しい商品提案の魅力が伝わり、見事出店を果たしたのです。
この成功を受け、全国の百貨店バイヤーがM社の繁盛ぶりを視察に訪れ、「ぜひうちにも」とオファーが殺到。約35年前には、北は北海道から南は九州まで、なんと62店舗を構える大チェーンへと成長しました。
しかし、当時を振り返り清水社長はこう語ります。 「遠方の店舗まで目が届かず、把握しきれない苦しさがありました。特に手作りを大切にしているため、現地での原料調達や職人の配置、採用など、細やかなコミュニケーションをとる難しさを痛感しました」
62店舗という巨大な規模を動かす苦労を経て、7代目に就任した清水社長は大きな決断を下します。 「自分の代では、目の届く範囲でお客様や従業員と密に向き合える商売をしよう」 店舗を一都三県の16店舗に絞り込み、確実で堅実な商売へとシフトしたのです。
売上の規模こそ落ち着いたかもしれませんが、スタッフ一人ひとりの顔が見え、挨拶を交わし、チーム一丸となってお客様に喜びを届ける——これこそが、老舗が永続するための最善の道なのだと私も強く共感しました。
梅園の7代目社長になって
清水社長は生まれも育ちも浅草。人情味あふれる街で育ち、幼少期から「いつか暖簾を継ぐのだろう」と感じていたそうです。仕事の原点は、学生時代の厨房アルバイト。ぜんざいやお雑煮を作り、自分が盛り付けたメニューをお客さまが嬉しそうに写真に収めてくれたとき、ガッツポーズをするほど喜びを感じたと言います。
一通りの業務を経験し現場の楽しさを知っていたものの、社長就任はあまりにも突然でした。引き継ぎもないまま先代と営業責任者が相次いで他界され、急遽社長の重責を担うことになったのです。最初の1年は無我夢中で記憶がないほどでしたが、当時のノートにはびっしりと仕事の記録が残されていました。
特に苦労されたのが、専門用語が飛び交う銀行とのやり取り。コンサルタントや独学で簿記を猛勉強されました。そして、心が折れそうな時期を一番近くで支えたのが、学生時代からのパートナーである奥様でした。あうんの呼吸でお互いを支え合い、奥様もまた自ら簿記の資格を取得して会社を支えました。
販売、ホール、厨房のすべてを自ら経験し、従業員と同じ目線に立つ。だからこそ、今の梅園にはスタッフとの強い信頼関係が息づいています。
梅園が伝えていきたいお菓子

梅園を代表する名物に「切山椒(きりざんしょう)」という伝統の餅菓子があります。
山椒は葉、花、実、幹に至るまで捨てるところがないことから、古くから大変縁起が良い植物とされてきました。江戸時代、甘いお菓子が貴重だった頃から参拝客のお土産として重宝され、現代では酉の市などで親しまれています。上質な上新粉に砂糖と山椒の粉を加え、短冊型に切って華やかな色を付けた愛らしい逸品です。手間がかかるため現在浅草で作り続けているのは梅園のみとなりました。
清水社長は「こうした伝統的な縁起菓子こそ、大切に後世へ伝えるべき。お客様のお声がある限り、どれだけ手間がかかっても作り続けます」と力強く語ります。
無病息災や長寿を願う想いが込められた切山椒は、まさに敬老の日のお祝いや、大切な方の健康を願う贈り物にも相応しいお菓子です。
7代目の使命:和菓子の未来を拓く
これから清水社長が目指すのは、より多くの若い世代に「本物の和菓子」を知ってもらうことです。
「コンビニでも手軽に美味しい和菓子が買える時代ですが、添加物を使わない本物の和菓子は翌日には固くなるのが当たり前。その本来の価値や美味しさを知っていただくために、SNSでの発信やWEBサイトの活用に力を入れ、守りだけでなく攻めの姿勢で和菓子の魅力を伝えていきたい」と語ります。その先に定番和菓子を知ってもらい、次の世代へ繋いでいきたいという熱い想いが溢れています。
若者に向けた商品開発にも積極的で、そのひとつが社長考案の「どらソフト」です。

社長が子供の頃から大好きだったどら焼の皮を使った商品は、若者や外国人観光客の間で大ヒット。和菓子に親しむきっかけを作り出しています。

どら焼6個詰合せ 1箱
¥3,334税込
また、定番のどら焼は北海道産小豆を手作業で選別して丁寧に炊き上げていますが、若い方でも手に取りやすい小ぶりなサイズとして「子とら」を開発。

「子とら」の「子」には、どら焼の親子をイメージした想いが込められています。親から子へ、先代から7代目へ、そして未来へと伝統を繋いでいく老舗のバトンを感じさせる温かい逸品です。
そして、100年以上前の版画「東京自慢名物会」がプリントされた「小倉アイス」も復刻。滑らかなこしあんとアイスに北海道産小豆を混ぜ込み、香ばしい最中とともに昔懐かしい優しい甘さを楽しめます。
浅草 梅園 監修 小倉アイス最中6個セット
¥2,600税込
170年以上の歴史を浅草の街、お客様、そして従業員とともに積み重ねてきた「梅園」。 「これからも歩みを止めることなく、未来へ繋げていきたい」と語る清水社長と奥様の瞳は、輝かしい未来を見据えていました。

伝統を守りながら変化を恐れずに挑戦し続ける、これからの「梅園」の歩みが楽しみでなりません。 今年の敬老の日は、大切な方へ梅園の和菓子とともに感謝の気持ちを届けてみてはいかがでしょうか。

